俺は中に入った。 そこはとても明るい部屋で、石灰塗の(白)壁で、ガラス天井だった。
- chauxは石灰。漆喰はplatre。両者の違い:
Plâtre et chaux : pour quelles raisons les combiner ?
その部屋にはいくつか(複数)の椅子といくつか(複数)のX字型の支持台が置かれていた。
そのうちの二つが、中央で、蓋で覆われた棺を支えていた。 ピカピカのネジが、クルミ殻塗料に通した板にわずかにねじ込まれただけで、浮き上がっているのが見えるだけだった。 棺のそばには、白衣に鮮やかなフーラードで頭を包んだアラブ人看護婦が居た。 このとき、管理人が俺の背後から入ってきた。 走ってきたに違いない。 彼はためらいがちに言った、「棺には蓋してありますが、あなたが見られるよう蓋を外さなくてはね」。(puissiez は subjonctif ) 彼が棺に近づいたが、俺はそれを止めた。 彼は言った、「ご覧になりたくないのですか?」 俺は答えた、「はい(みたくない、の意)」 彼は歩みを止めた(何かを「やりかけていたことを中断した」の意味。ここでは棺の蓋を開けるべく棺の方に向かう、という行為を中断した)が、 俺はそんなことを言うべきではなかったと思ってきまづかった。 少しの間私を見つめて、そして「どうしてですか?」と言ったが、非難するわけではなく、理由を知りたいという口調だった。 俺は「わかりません」と言った。 すると、白い口髭をくるくるといじりながら、私を見ずに「承知しました」と言った。(「私を見ずに」言っているので、「理解した」とは言っているものの、共感はしておらず、礼儀的に「わかった」と言っているか・・・。「共感」を示すなら、もう少し言葉を足した話しぶりになりそう) 彼の瞳は水色で美しく、顔は少し赤かった。(この1文が、「わかった」と言った彼について『俺』が好印象を感じた、ということなら、彼は「共感」した、となるのかと思うが、瞳はきれいだが温かくはなく、顔に朱が差したと読み取ったことが、「彼が自分の感情を出さずに我慢している」という印象を指すなら、やはり、礼儀的な「わかった」という発言となる) 彼は俺に椅子をとってくれて、自分自身は私の少し後ろに座った。 見守りの人(看護師)は立ち上がって、出口に向かった。 すると(このとき)、管理人がこう言った、「潰瘍なんですよ」(chancle 皮膚にできた潰瘍状に掘れたもの。梅毒の初期症状(硬性下疳)の名前でもあるので、文脈によっては、この単語により「梅毒」の意味が発生する。梅毒のchancreは陰部にできるが、このあと、顔を包帯で巻いていて、鼻が平坦であるとの説明が続くことから、「鼻かけ(梅毒が進んで鼻軟骨が溶けてしまった状態~看護師本人が性感染した梅毒患者」なのかもしれないし、「先天梅毒による鞍鼻~母親が梅毒で胎児期に感染」なのかもしれない。カミュの生きた時代はペニシリンの発見時期をまたぐので、先天梅毒(生後、抗生剤治療をして、成人した)の可能性もあるが、看護師本人が「鼻かけ」である、というのがもっともらしいか。。。娼婦→梅毒感染→発病・失業→宗教的施設での看護師 ???) 俺は何のことかわからなかったので、看護師の方を見た。 彼女の目の下には包帯があって、頭を一巻きしているのが見えた。 鼻の上では、その包帯は平らになっていた。 顔面で見えるのは、白い包帯だけだった。 彼女が出ていくと、管理人は口を開いた、「お気兼ねなく、どうぞ(leave you alone ... ほうっておく、一人にしておく)」 俺はどう反応したか覚えていないが、彼は私の後ろに立ったままだ。 こんな風に居られて、俺は窮屈に感じた。 部屋は、午後の終わりの美しい光で満ちていた。 二匹のハチが天窓でぶんぶんと音を立てていた(frelon (ハチ)はミツバチではなく、狩人蜂も日本の黄色スズメバチも含めた言葉らしい)。 俺は眠気が襲ってくるのを感じた。 俺は、管理人の方を振り向かずに言った、「ここには長くいるのか?」 即座に彼は答えた、「5年になります」 まるで、私の質問をずっと待っていたかのようだった。 続けて、彼はべらべらとしゃべった。 Melangoのホームの管理人になっておわるよと聞かされたら、さぞびっくりしただろうね。 彼は64歳のパリジャンだった。 これを聞いて、俺は口をはさんだ、「あー、こちらのご出身ではないのですね」 そして、彼が俺を園長のところに連れて行く前に、彼がおふくろのについて話したことを、俺は思い出した。 彼は、おふくろを大急ぎで埋葬しなくてはいけない、なぜなら、平野地域は暑いから、特にこの国では、と言っていた。 これを言うことで、自分がパリから来たこと、そのことが忘れがたいこと、それを俺に伝えたかったんだ。 パリでは死者とともに三・四日、ともに過ごすことが時々あるが、ここでは、そんな時間はないんだ。 霊柩車の後を追いかけないといけないっていうのには慣れないよ。 そのとき、彼の奥さん(この人はいつからいたの!)が言った、「もうやめなよ、そちらの方にお聞かせするような話じゃないよ」 老人(管理人)は赤くなって弁解した。 俺は、それを遮って「いえいえ、全然大丈夫です」と言った。 俺にとって、彼の話は正確で面白かった。